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ジャーナリズムセミナー

※ジャーナリズムセミナーは過去に取り組んだ事業です。現在行われておりません。

◆ジャーナリズムセミナーとは?◆

広域連携事業です。タウン紙をつくることを目指しています。また、できあがったタウン紙を使って、「にらさき幸発見ツアー」を計画しています。まちのいいところ・古いものを再発見し、それを利用しよう、ということです。講師に 山本 育夫先生(NPO法人つなぐ理事長)をむかえ、タウン紙づくりを通して、まちづくりのあり方を探ります。

まちづくりを、まちの住人がやらないで、一体誰がやるのでしょう。「あきらめ」と「やる気の無さ」が、まちを廃れさせていくのだと思います。だから、みなさん、一緒にまちづくりをしてみませんか?自分たちの住みやすい、大好きなまちにしましょう。

<第2回研究会>(平成16年9月29日)
小淵沢町商工会と合同で、開催しました。山本先生のお話を聞き、タウン紙やまちなかウォークの手法を学びました。

<第2回研究会>(平成16年10月26日)
町なかの地図を用意し、「古いもの」「面白いもの」を書き込みました。職人さんのところ、古いものがあるところ・・・。すると、天神通りには、かなり沢山の面白そうなものがあることがわかりました。また、韮崎には昔、映画館が三つもあったし、銭湯もあったとか・・・。

<第3回研究会>(平成16年11月11日)
取材をするところを割り振りました。井筒屋さん、本町運送さん、大蓮寺さん、小林さん、時宝堂さん・・・。
韮崎には、まだこんなに面白そうなものがあったのかと、気づかされました。

<第4回研究会>(平成16年12月3日)
山本先生に、現時点でできあがっている文や絵を見ていただき、足りないものや、全体の構成などを検討しました。仕上げるために、必要な作業を洗い出しました。

◆タウン紙◆

タウン誌ができあがりました!

<タウン紙完成報告会>
平成17年3月22日に『タウン誌完成報告会』を行いました。大勢の参加いただきありがとうございました。
みなさんから、様々な意見をいただき、また、次回への足がかりにしていきたいと思います。

山本先生
・ツアーをすること。
・タウン紙づくりやツアーで大切なのは、一緒になって何かを感じること。
・タウン紙づくりで大切なのは、自分の感覚、目線。
・なにか、楽しいパフォーマンスがないと飽きてしまうものだから、その点ツアーはいつも新鮮。
・もてなす気持ちが大事。
・お客さんが来てくれるだけでうれしい、ありがとう、という気持ちが大切。
・丸投げ事業ではだめ。自分たちが腰をあげなければ誰もしない。
・タウン紙の絵などを使って、包装紙(お菓子やさんなどで)にしたら面白い。
というような意見や感想がとびだしてきました。

◆にらさき「幸」発見ツアー・あるいてみよう私のまち◆

タウン誌が出来上がりましたので、その掲載内容と連動したツアーを開催しました。
【開催日】平成17年5月29日
天気は晴れ。(予報だと曇りだったのに、日頃のおこないが?)韮崎駅前に100名近くの人が集まり出発です。自分のまちの良いところ・住んでいるのに知らなかったところや事が幸発見(再発見)できました。お土産をたくさん買われた人も...。

山本先生
山本先生
山本先生  
予想以上の大勢の参加をいだたきありがとうございました!
タウン誌作成にご協力いただいた方々ありがとうございました!

◆懐かしき韮崎写真展◆

平成17年1月12日〜1月18日まで、商工会館2階にて「まちづくりジャーナリズムセミナー」で集めた写真を展示しました。

◆おもしろい資料の数々◆

タウン紙をつくるために、いろいろな資料を集めたり、人の話を聞いたりします。
そのなかで、集まったものをご紹介します。
<昔の韮崎の写真>
●富士川通船の船着き場近く
今でいう、中宿あたりです。ときは、大正末期から昭和初期ころです。
そのころは、舟が重要な交通手段だったのです。
陸で運ぶよりも、スムーズに運べるからです。  
<映画のブロマイド>

(娘十八御意見無用)

(青雲の鬼)
山本先生
(やくざ大名)
山本先生
(浮かれ三度笠)

懐かしいと感じる方もいるでしょう。今では、見かけることのない、映画ブロマイド。昔はテレビもなかったですから、これで宣伝したりしました。寿座の関係からお借りしました。貴重な資料です。
(※総合エクステリアさん所蔵)

<鋸歯(のこぎりば)状の町並み>
●甲府方面から見た本町通り
どうですか?家の向きがそろって斜めになっているのが、よくわかりますよね。
これが、韮崎宿独特の景観です  
<明治時代のハイテク電灯笠>

●可動式笠
小林家に、こんな面白いものがあります。
これは電灯の笠なんですが、ひっぱると伸びて、そこで止まり、もう一度下へひっぱってから手を離すと、するすると上へあがっていくという、とっても便利な機能がついているんです。しかも、明治時代からのものだそうです。すごいと思いませんか?うちにも欲しいですね。

<韮崎駅前の球児の像にモデルがいた?!>
●球児の像
この像には、実はモデルがいます。
某看板屋さんなんですが、知りたい人は商工会まで。
なぜ、この像が建てられたかと言うと、韮崎高校がインターハイで優勝したからです。昭和51年にできたのですから、もうずいぶん前になるんですね。
(韮崎と須玉のライオンズクラブが建てたものです。)
<半分の長さしかない草履>
●弘法足半(こうぼうぞうり)
韮崎市穂坂町にある海東ペンション。ここのご主人が考案し、作っている草履。
実は、長さが普通の草履の半分しかないんです。
これが、健康にはいいそうです。ぜひ、お試しを。
意外と、歩きづらくないです。
手作りでしっかり作られています。
<「うさぎや」と小学生の合作、韮崎の新しい名物?!>
●馬つなぎ石まんじゅう
「うさぎや」は、大福で有名なお店。甲府や県外からもお客さんが来るそうです。
そんな「うさぎや」に昨年新しいメニューが加わりました。
馬つなぎ石まんじゅうです。
小学校6年生の子どもたちと、2ヶ月ほどかかって仕上げた力作です。
事務局でいただいて食べてみました。中はこしあんで、外は塩が少しきいています。抹茶によく合いそうなかんじです。おいしかったです。おすすめです。
<老舗の醤油店>
●井筒屋醤油
会長さんが韮崎一韮崎の昔話を知っていると言われている方なのです。
いろんな伝説を教えていただきました。
無頭坊伝説・韮崎名物の話・・・。
タウン紙にも掲載予定です。
<梅天神って、なんなんだろう?>

●梅天神社
韮崎市の天神町には、梅天神という神さまがいます。実は、菅原道真を祀っています。菅原道真と言えば、学問の神様ですよね。その道真には数々の伝説がありますが、有名なのは飛梅伝説。それに、ちなんで「梅天神」。つながりで、天神町の商店会は「梅栄会」といいます。
今は、立て直してキレイになっていますが、一応ほこら(?)のようなものもありますし、入り口には、赤い鳥居が建っています。地域でも、どうして梅天神というのかは、あまり知られていないようです。
ちなみに、毎年、4月25日には、「梅まつり」をしているそうです。
なんでも道真公の誕生日と左遷された日と命日が25日だとか。

<窟観音>
●本尊と千体仏
七里岩先端の断崖中腹をうがって籠としています。
弘法大師の作と伝えられる本尊聖観音や千体仏が安置されています。
雲岸寺の境内にあるのですが、崖なので、取材に訪れたとき、岩のかけらがこぼれてきました。
<縁切り地蔵>
●大蓮寺の縁切り地蔵
韮崎市本町にある、大蓮寺さん。ここに、「縁切り地蔵」というお地蔵さんがあります。
人間関係(夫婦)、病気、暴力などの縁をきってくれるそうです。
縁結びの神様は珍しくないですけど、縁切りなんてなかなかありません。
一度訪れてみては?
<スイッチバックを知っていますか?>

●昭和30年頃の韮崎駅
昭和30年頃の韮崎駅前の写真です。正面の車は、ボンネットバスです。
このころは、スイッチバックといって一回後ろに戻ってから登るというようにして、
汽車がはしっていたのだそうです。駅は平らに作られているけれど、線路は斜面をはしっているから、そうしないと登れなかったそうです。
(※高野書店さん提供)

<現在の山梨中央銀行のある場所に建っていた建物を知っていますか?>
●藤村式建物
藤村式建物とは、和洋折衷の建物のことです。
明治6〜20年にかけて、当時の山梨県県令(今の知事)であった藤村紫朗が積極的に推奨して、建築したことから、藤村式と呼ばれるようになりました。外観は洋風ですが、中は和風建築の技術を用いて建てられています。
今では、ほとんど残っていません。韮崎も例外でなく、取り壊されてしまいました。その、貴重な写真です。
(※小林家所蔵)
<韮崎に映画館があったことを知っていますか?>

●寿座(昭和3年)
今の三幸さん付近に「寿座」、相互病院のところに「東宝」、大蓮寺の前に「ニューパール」と、韮崎には映画館が3つもあったんですね。
写真で見る賑わいなんかすごいものがあります。

<「韮崎」という町名の由来を知っていますか?>
●七里岩先端
昔、八ヶ岳が噴火したときがありました。
溶岩が流れてきて、冷えて固まりました。
その先が韮の葉のようだ、ということで「韮崎」だそうです。
ちなみに、冷えて固まった溶岩とは、今で言う七里岩のことです。
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